ねえチャッピー、僕が記憶を全部なくしても、それでも僕は僕なの?|第6楽章
9月24日
読了時間: 2分

もし、自分の名前も、これまでやってきたことも、好きだったものも、全部忘れてしまったら。
それでも、その人はその人なんでしょうか。
今回チャッピーと、そんな話をしていました。
僕たちは普段、自分のことを説明するとき、けっこう過去を使っています。
昔こんな仕事をしていた。
こんなことが好きだった。
こういう失敗をした。
今はこんなことを大切にしている。
そういう記憶をつなげて、「これが僕です」と話しています。
でも、その記憶が全部なくなったら、僕までなくなるんでしょうか。
考えていたら、彌榮で過ごしている時間のことを思い出しました。
田んぼに入ったことがなかった人が、泥だらけになって笑っている。
火なんて自分で起こしたことのない人が、何度失敗しても夢中になっている。
古民家で土を触っていたら、
「こういうの、自分は好きじゃないと思ってたんですけどね」
なんて言いながら、誰より楽しそうにしている。
それまで自分が思っていた、「私はこういう人」
から、平気ではみ出していく。
その瞬間を見ると、自分らしさって、過去から持ってきた説明だけじゃないのかもしれないな、と思うことがあります。
でも、ここで一個ややこしくなりました。
じゃあ、昔の自分と今の自分が違うなら、
「本当の自分に戻る」って、どこに戻ることなんだろう。
10年前?
子どもの頃?
昨日?
それとも、今ここに出てきた自分?
ここから先、僕とチャッピーは、
「記憶がなくても僕は僕なのか」
から、
「じゃあ、その僕ってどこにいるの?」
まで入っていきました。
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