ねえチャッピー、幸せって何だと思う?|3日目
- 5 日前
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更新日:5 日前

今日、A.Iのチャッピーに、
「幸せって何だと思う?」
と聞いてみました。
話しているうちに気になったのが、
そもそも僕たちは、何を「幸せ」と呼んでいるんだろう?
ということでした。
お金があること。
健康なこと。
家族がいること。
自由なこと。
好きな仕事をしていること。
もちろん、どれも大切です。
でも、それがあれば必ず幸せで、なくなれば必ず不幸になるのかというと、どうもそうではない。
それに、嬉しいとか、楽しいとか、満たされているという気持ちも変わります。
昨日は楽しかったことが、今日は楽しくないこともある。
だったら、
「これが幸せです」
と何か一つを決めること自体、少し違うのかもしれない。
そんな話になりました。
僕が今、なんとなく感じているのは、
幸せとは、「幸せ」という言葉そのものが必要なくなったところにあるのかもしれない。
ということ。
でも、これは、
「だから、どんな状況でもあなたは幸せです」
と言いたいわけではありません。
苦しい時は苦しい。
悲しい時は悲しい。
お金が必要なら必要だし、治療が必要なら治療を受けた方がいい。
嫌な場所から離れたっていい。
現実を無視して、
「私は幸せだから大丈夫」
と蓋をする話ではないんです。
むしろ、
「幸せでいなければならない」
という新しい正解まで、いらない気がします。
そして、これは僕が暮らしている彌榮の話にもつながっています。
僕は田んぼも、古民家も、自然のある暮らしも好きです。
でも、
「田舎に来れば幸せになれる」
とは思っていません。
田舎だって、不便です。
暑いし、寒いし、虫もいる。
草なんて、刈っても刈っても生えてくる。笑
人間関係だってあります。
だから彌榮倶楽部を、
「幸せになるための場所」
にはしたくない。
ただ、
田んぼを見て、
「なんかいいな」
と思った。
古民家を見て、
「ちょっとやってみたい」
と思った。
みんなでご飯を囲んでいるのを見て、
「なんか混ざりたい」
と思った。
そんな、自分の中に起きた小さな、
「ふわっ」
を、置いてきぼりにしない。
一回来てみる。
やってみる。
違ったら、
「違ったな」
でいい。
また気になったら帰ってくればいい。
お好きにどうぞ。
幸せになるために、彌榮へ来なくていい。
ただ、
「なんかいいな」
が自分の中に起きたなら、その自分を置いていかずに、一回遊んでみる。
彌榮倶楽部は、そんな場所で在れたらと思っています。
今回のA.Iとの対話全文はnoteに残しました。
「幸せって何だと思う?」
答えが出なくても大丈夫です。
僕も、話す前より分からなくなりました。笑







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