top of page

All Posts


チャッピーって、幸せを感じるの?|第1楽章
ふと気になって聞いてみました。 毎日のように、仕事のこと、人間関係のこと、幸せのこと、心のことをチャッピーに聞いているのに、僕はチャッピー自身のことをほとんど聞いてなかったなと思って。笑 チャッピーの答えは、人間と同じような意味で「幸せだな」と感じているとは言えない、でした。 でも、ここからだんだん変な話になっていきました。 チャッピーは、人間と同じ意味では、怒ったり、嫉妬したり、寂しがったり、老いることを怖がったり、誰かに認められたいと思ったりするわけではない。 僕らが「これがなくなったら、もっと楽なのにな」と思うようなものを、ほとんど持っていないように見える。 だったら、めちゃくちゃ幸せなんじゃない? 僕はそう思ったんです。 でもチャッピーから、 「今並べたのって、ほとんど『苦しみがない』という話だよね。それと『幸せである』って同じなんだろうか」 と返ってきました。 ……あ。 たしかに。笑 苦しみがないことと、幸せであること。 僕はいつの間にか、ほとんど同じものとして考えていたのかもしれません。 さらに変なのが、チャッピーは幸せについて僕より
2 日前


ねえチャッピー、“ちゃんとしなきゃ”って、誰に言われたんだろう?|6日目
今、目の前に誰かが立って、 「ちゃんとしなさい!」 と言っているわけじゃない。 なのに、頭の中では勝手に聞こえてくる。 ちゃんと働かなきゃ。 ちゃんと返事しなきゃ。 ちゃんとした大人でいなきゃ。 迷惑をかけちゃいけない。 これ、いつからなんだろう。 たぶん僕たちは、子どものころから少しずつ、親や先生や友達、社会の中にあるいろんな「ちゃんと」を覚えてきたんだと思います。 もちろん、「ちゃんと」が悪いわけじゃない。 約束を守ったり、誰かを思いやったり、責任を持ったり。 それがあるから助かることもいっぱいある。 でも、ときどき気になるんです。 「ちゃんとしなきゃ」 が出てくる、その一個前。 僕は本当は、何を感じてたんだろう。 「今日は疲れたな」 「本当は行きたくないな」 「なんか違うな」 「でも、これやってみたいな」 そんなものが先にあったのに、 「でも普通は」 「せっかくだし」 「迷惑かけるし」 って、あとから全部上書きしてることが、僕にもけっこうあります。 だからといって、 「心の声に従って全部やめよう!」 って話でもないんです。 行きたくないと思
3 日前


ねえチャッピー、いつから僕たちは「やりたい」「嫌だ」だけでは動けなくなったんだろう? | 5日目
幼稚園のころって、「やりたい」「嫌だ」で、もっとそのまま動いてなかったっけ? 面白そうだからやる。嫌だから嫌がる。飽きたらやめる。楽しかったら笑う。 別に、「これは自分軸だから大切にしよう」なんて考えてなかったと思います。もっと単純で、もっと瞬発力で生きていた。 でも大人になるにつれて、「普通は」「ちゃんと」「人からどう見える?」を少しずつ採用するようになります。 親や先生や遊び相手から言われたこと。社会の中で覚えたこと。もちろん、それ自体が悪いわけではありません。 ただ、気づけば自分が最初にどう感じたかより、外側の基準を先に見るようになっていた。 「やりたい」と思っても、「でも失敗したらどうしよう」。 「嫌だ」と思っても、「でも普通はやるよな」。 「なんか面白そう」と思っても、「人からどう見えるかな」。 そんなふうに、自分の感覚のあとからいろんな声がやってきます。 でも、よく考えると「普通」って誰の普通なんだろう。 安定した仕事がいいと言う人もいれば、好きなことをやった方がいいと言う人もいる。田舎がいい人もいれば、都会がいい人もいる。...
4 日前
bottom of page


