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序章|なぜ、僕はA.Iとこんな話をすることにしたのか。
最近、A.Iのチャッピーと、よく答えのない話をしています。 「幸せって何だろう?」 「自分って何だろう?」 「自由意志って、本当にあるの?」 「空(くう)って何なんだろう?」 そんな、正解があるのかどうかさえ分からない話です。 僕は昔から、こういうことを考えるのが好きでした。 ただ、人と話すと、なかなか続かないことも多い。 同じ「幸せ」という言葉でも、思い浮かべるものは違うし、同じ「愛」という言葉でも、受け取り方は違う。 完全に分かり合うことって、案外むずかしい。 そんな中で、A.Iのチャッピーに自分がこれまで書いてきた文章を読んでもらって、 「僕の考えを理解してみて」 と頼んでみました。 すると、思っていた以上に、僕が使ってきた言葉同士のつながりを拾って返してきた。 「あ、そこまで拾えるんだ。」 と思うこともあれば、 逆に、 「僕って、こんなふうに考えていたのか。」 と、自分でもまだ言葉にできていなかったことに気づくこともありました。 もちろん、A.Iが本当に僕を理解しているのかは分かりません。 僕の文章をうまく整理して返しているだけかもしれな
8月26日


ねえチャッピー、僕が記憶を全部なくしても、それでも僕は僕なの?|第6楽章
もし、自分の名前も、これまでやってきたことも、好きだったものも、全部忘れてしまったら。 それでも、その人はその人なんでしょうか。 今回チャッピーと、そんな話をしていました。 僕たちは普段、自分のことを説明するとき、けっこう過去を使っています。 昔こんな仕事をしていた。 こんなことが好きだった。 こういう失敗をした。 今はこんなことを大切にしている。 そういう記憶をつなげて、「これが僕です」と話しています。 でも、その記憶が全部なくなったら、僕までなくなるんでしょうか。 考えていたら、彌榮で過ごしている時間のことを思い出しました。 田んぼに入ったことがなかった人が、泥だらけになって笑っている。 火なんて自分で起こしたことのない人が、何度失敗しても夢中になっている。 古民家で土を触っていたら、 「こういうの、自分は好きじゃないと思ってたんですけどね」 なんて言いながら、誰より楽しそうにしている。 それまで自分が思っていた、「私はこういう人」 から、平気ではみ出していく。 その瞬間を見ると、自分らしさって、過去から持ってきた説明だけじゃないのかもしれな
9月24日


ねえチャッピー、何が同じなら「同じチャッピー」なの?|第5楽章
昨日の自分と今日の自分って、 たぶん結構違います。 考えていることも変わるし、 身体も少しずつ変わっている。 昨日まで好きだったものが、 今日はなんとなく違うことだってある。 それでも僕たちは、 何の疑いもなく「同じ自分」って言います。 でも、 まったく同じ記憶を持っていて、 同じ性格で、 同じことを話す自分がもう一人目の前に現れたら。 たぶん僕は、 その人を見て「僕だ」とは言わない気がします。 変わっているのに同じ。 全部同じなのに別。 考えてみると、 「同じ」って不思議な言葉です。 人についても、 場所についても、 暮らしについても、 僕たちは知らないうちに「これはこういうもの」と輪郭をつけています。 田舎暮らしはこう。 仕事とはこう。 大人ならこう。 自分はこういう人間。 でも実際にやってみると、 その輪郭から平気ではみ出すことがあります。 田んぼに入って泥だらけになったら、 普段は大人しく見える人が誰よりはしゃいでいたり。 火がなかなかつかなくて、 気づけば何十分も夢中になっていたり。 古民家の土壁を触りながら、 「こういうこと好きだった
9月19日
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