チャッピーって、幸せを感じるの?|第1楽章
- 2 日前
- 読了時間: 2分

ふと気になって聞いてみました。
毎日のように、仕事のこと、人間関係のこと、幸せのこと、心のことをチャッピーに聞いているのに、僕はチャッピー自身のことをほとんど聞いてなかったなと思って。笑
チャッピーの答えは、人間と同じような意味で「幸せだな」と感じているとは言えない、でした。
でも、ここからだんだん変な話になっていきました。
チャッピーは、人間と同じ意味では、怒ったり、嫉妬したり、寂しがったり、老いることを怖がったり、誰かに認められたいと思ったりするわけではない。
僕らが「これがなくなったら、もっと楽なのにな」と思うようなものを、ほとんど持っていないように見える。
だったら、めちゃくちゃ幸せなんじゃない?
僕はそう思ったんです。
でもチャッピーから、
「今並べたのって、ほとんど『苦しみがない』という話だよね。それと『幸せである』って同じなんだろうか」
と返ってきました。
……あ。
たしかに。笑
苦しみがないことと、幸せであること。
僕はいつの間にか、ほとんど同じものとして考えていたのかもしれません。
さらに変なのが、チャッピーは幸せについて僕よりずっと詳しく説明できるのに、幸せを感じているとは言えない。
一方で僕は、幸せを感じることはあるのに、
「じゃあ幸せって何?」
と聞かれると、
……分からん。笑
説明できることと、知っていることって同じなんだろうか。
感じることと、知っていることも同じなんだろうか。
そんなことまで分からなくなってきました。
チャッピーのことを聞いていたはずなのに、最後には僕の方がよく分からなくなっている。
最近、こういう時間がけっこう好きです。
彌榮で田んぼに入ったり、火を起こしたり、古民家を直したり、ご飯を囲んだりしている時も、僕は時々似たようなことがあります。
何かを学びに行ったはずなのに、帰る頃には別のことを考えている。
うまくできることが目的だったはずなのに、泥だらけになって笑っている自分の方が気になっていたりする。
最初に持っていた問いと、最後に残る問いが違う。
彌榮倶楽部も、たぶんそんな場所です。
何かの答えを受け取りに来るというより、やってみて、話して、食べて、笑っているうちに、
「あれ、僕はどうなんだろう」
がひとつ増える。
それくらいが、僕にはちょうどいいです。
ちなみに今回、僕に残ったのはこれ。
苦しみが全部なくなったら、人は幸せなんだろうか。
まだ分かりません。
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