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ねえチャッピー、「やりたい」って気持ちは、誰が決めてるの?|9日目

9月4日
読了時間: 2分


昨日は、


「自分で決めたって、

本当に自分で決めたのかな?」


という話をしました。


ラーメンを食べる。


右手を上げるか、

左手を上げるか。


仕事を辞める。


引っ越す。


僕たちは毎日、

たくさんのことを決めています。


そして、

決めたあとには普通に、


「僕が決めた」


と思っています。


でも少し中を見てみると、


過去の経験。


誰かの言葉。


怖さ。


楽しさ。


身体の状態。


その日の気分。


いろんなものが混ざっています。


そう考えていたら、


僕が「自分で決めた」と呼んでいるものって、

思っていたよりずっと複雑なんじゃないかと思いました。


もちろん、


だから「自分では何も決めていない」と言いたいわけでもありません。


自由意志があるとか、

ないとか、


そんな大きな結論まで一気に行きたいわけでもありません。


ただ、


「自分で決めた」


という言葉を、

今までより少しだけ近くで見てみた。


それだけです。


たとえば、


お昼に、


「今日はラーメンにしよう」


と思ったとします。


僕は普通に、


「今日はラーメンを選んだ」


と言います。


でもその前に、


「ラーメン食べたい」


が出ています。


じゃあ、


その「食べたい」は、

誰が決めたんだろう。


そこまで考えたら、


また分からなくなりました。笑


彌榮倶楽部でも、


田んぼへ行く。


古民家を直す。


火を起こす。


料理をする。


今日は行く。


今日は休む。


いろんな小さな選択があります。


そのたびに、


「これは本当に自分で決めたのか?」


なんて考えているわけではありません。


やってみたい。


今日はいいかな。


お腹すいた。


ご飯にしよう。


そんなものが出てきて、

一日が進んでいきます。


でも、


昨日まで当たり前だった、


「僕が決めた」


という言葉を少し眺めてみるだけで、


日常がちょっと不思議に見えてきます。


僕が決めた。


たしかに、

そう感じる。


でも、


その決断の中には、

いったい何が入っていたんだろう。


そしてさらにその前に出てきた、


「やりたい」


「食べたい」


「行きたい」


は、


どこから来たんだろう。


答えは、

まだ分かりません。


でも、


彌榮で田んぼに入ったり、

火を起こしたり、

ご飯を食べたりしていると、


そんな答えの出ない問いも、

なんだかそのまま置いておける気がします。


「自分で決める」って、

本当は何なんだろう。


あなたには、

どう見えるでしょう。


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