ねえチャッピー、「分かってる」のに、なんでできないんだろう?|14日目

「分かってるのに、
なんでできないんだろう」
これ、
僕は昔から結構ありました。
早く寝た方がいい。
食べすぎない方がいい。
腹が立っても、
一回落ち着いた方がいい。
疲れてるなら、
休んだ方がいい。
そんなこと、
だいたい分かってる。
なのに、
夜中までスマホを見る。
腹いっぱいなのに、
もう一個食べる。
言わなくていい一言を言う。
休みたいのに、
なぜか仕事を始める。笑
そうなると今度は、
「分かってるのに、
なんでできないんだ」
って、
自分に言い始める。
でも最近、
この「分かってるなら、
できるはず」って、
そもそも本当にそうなんだろうと思うようになりました。
頭の中では、
「寝た方がいい」
と思ってる。
でも同時に、
「もうちょっと見たい」
も出てる。
実際には、
スマホを見続ける。
そのあとで、
「僕は分かってたのに、
できなかった」
って説明する。
でも、
起きたことだけ見たら、
「寝た方がいい」が出た。
「まだ見たい」も出た。
で、
見た。
それだけなのかもしれない。
もちろん、
だから何をしてもいいとか、
失敗しても全部そのままでいいとか、
そういう話ではありません。
誰かを傷つけたら、
謝ることもある。
失敗したら、
直すこともある。
やり方を変えることもある。
ただ、
「改善すること」と、
「できなかった自分を責めること」って、
本当にセットなんだろうか。
そこが最近、
ちょっと気になっています。
この前も田んぼで、
昨日、
泥にはまった場所に、
次の日また足を突っ込みました。
「うわ、
深っ!」
昨日分かってたのに。笑
でも田んぼでは、
「昨日学んだはずなのに、
なんでまた同じことするんだ」
なんて、
そこまで自分を責めない。
「あー、
また入った」
で終わる。
縄がほどけたら、
また結ぶ。
火がつかなかったら、
やり方を変えて、
もう一回やる。
古民家の作業で失敗したら、
直す。
ご飯が炊けたら、
みんなで食べる。
昨日できたことが、
今日はできないこともある。
昨日できなかったことが、
今日はなぜかできることもある。
田んぼで同じ泥にはまる僕は、
ちょっとかわいいのに、
人生で同じところにはまる僕には、
「何回やるんだよ」
って言う。
同じ「またやった」なのに、
ずいぶん扱いが違うんだなと思いました。
彌榮倶楽部では、
田んぼに入ったり、
古民家を直したり、
火を起こしたり、
季節のものを食べたり、
みんなで遊んだりしています。
誰かを変える場所でも、
正しい生き方を教える場所でもありません。
一緒にやる。
失敗する。
工夫する。
笑う。
食べる。
またやる。
その中で、
「あれ?」
が出てきたら、
それもそのまま持って帰る。
僕は最近、
人間って、
完成したまま、
盛大に迷ってるのかもしれないなと思っています。笑
分かってるのに、
できない。
気づいたのに、
またやる。
それでも、
一日は普通に進んでいく。
今日もそんな感じです。
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