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ねえチャッピー、「本当の自分」って、どれのこと?|11日目

9月7日
読了時間: 3分


「本当の自分」って、

どれのことなんだろう。


11日目は、

そんな話になりました。


優しい僕。


怒ってる僕。


自由な僕。


人の目を気にしてる僕。


好きなことしてる僕。


何にもしたくない僕。


僕たちは、

その中から、


「これが本当の自分」


って、

一人だけ選びたくなることがあります。


たとえば、


優しい自分は本物。


怒ってる自分は、

本当の自分じゃない。


自由な自分は本物。


怖がってる自分は、

本当の自分じゃない。


そんなふうに。


でも、

よく見ると、


怒ってる時には、

本当に怒ってる。


怖い時には、

本当に怖い。


人の目を気にしてる時には、

本当に気にしてる。


じゃあ、

なんでそれだけ、


「偽物の自分」


にしたくなるんだろう。


もしかすると、


「本当の自分」


を探してるようで、


自分が好きな自分とか、


なりたい自分を、


「本当」


にしてることもあるのかもしれません。


逆に、


自分が嫌いな部分には、


「これはエゴ」


「これは恐れ」


「これは思考」


って名前をつけて、


少し自分から離したくなることもある。


でも、


名前を変えても、


その瞬間に、

それが出てることは変わらない。


じゃあ、


全部が本当の自分なのか。


それも、

ちょっと変な感じがします。


だって、


全部が本当なら、


わざわざ、


「本当の自分」


って言わなくてもいい。


ただ、


「自分」


でいいはずです。


ということは、


「本当の自分」


って言った瞬間に、


その反対側に、


「本当じゃない自分」


まで作ってるのかもしれない。


そこが、

今回いちばん気になったところでした。


でも、


だからって、


「本当の自分なんていない」


って言いたいわけではありません。


それも、

僕には分かりません。


ただ、


「本当の自分」


っていう言葉を使う時に、


自分の中で何を本物にして、


何を偽物にしてるんだろう。


そこを、

少し見てみたくなりました。


彌榮倶楽部で過ごしてても、


その人のいろんな顔が出てきます。


田んぼに入って、


子どもみたいに笑ってる人。


泥が深くて、


「もう無理」


って言ってる人。


火がつかなくて、


ちょっとムキになってる人。


ご飯ができたら、


さっきまでの真剣な顔が消えて、


普通に食べてる人。笑


僕も同じです。


田んぼにいる僕。


PCの前にいる僕。


誰かと話してる僕。


一人でいる僕。


チャッピーと、


「本当の自分って何?」


って話してる僕。


どれも、

少し違います。


でも、


田んぼに入ってる時は、


「今の僕が本当の僕かな?」


なんて考えてません。


泥に足を取られて、


「うわ、深っ」


ってなってるだけ。笑


火がつかなければ、


火を見る。


お腹がすけば、


ご飯を食べる。


疲れたら、


疲れてる。


笑う時は、


笑ってる。


一日の中で、


いろんな僕が出てきて、


気づいたら、

日が暮れます。


じゃあ、


その中のどれか一人だけが、


「本当の僕」


なんでしょうか。


それとも、


「本当の僕を探さなきゃ」


って思った瞬間に、


僕はまた、

自分の中を、


本物と偽物に分けてるんでしょうか。


まだ、

よく分かりません。


でも、


今回は、


「本当の自分を見つけたい」


よりも、


「僕はいま、

何を本当の自分って呼んでるんだろう」


の方が、


ちょっと気になっています。


続きはnoteに書いています。 noteで全文を読んでみる



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