ねえチャッピー、僕が決めてないことって、人生にどれくらいあるんだろう?|18日目

人生って、
自分で決めて進んでいるようで、
よく見ると、
自分で決めていないことがかなり多い。
雨が降る。
草が伸びる。
稲が思ったように育たない。
予定していた人が来られなくなったり、
逆に、
予定していなかった人が突然やって来たりする。
彌榮で暮らしていると、
そんなことが毎日のように起きます。
もちろん、
だから「自然に任せればいい」という話でもありません。
草を刈る時は刈るし、
火がつかなければ、
どうしたらつくか考える。
古民家が壊れていたら、
どう直すか考える。
僕たちは普通に考えて、
普通に動いています。
でも最近、
ちょっと不思議に思うんです。
その「僕が決めた」の前には、
何があったんだろうって。
田んぼをやりたいと思ったこと。
古民家を直したいと思ったこと。
彌榮倶楽部を始めようと思ったこと。
僕が決めたと言えば、
確かに僕が決めた。
でも、
その前には出会った人がいて、
過去の経験があって、
この土地があって、
ある日、
気づいたら「やりたい」が出てきていた。
そう考えると、
「自分で決めた」と
「自分だけで決めた」は、
少し違うのかもしれません。
そもそも僕たちは、
生まれる場所も、
時代も、
最初に出会う人も決めていない。
人生を始めた覚えすらないのに、
気づいた時には、
もう人生の途中にいる。
なんだか不思議です。笑
彌榮倶楽部は、
誰かに正しい生き方を教える場所ではありません。
田んぼに入ってみる。
火を起こしてみる。
古民家を直してみる。
食べてみる。
遊んでみる。
そこで何が起きるかは、
僕たちにも分かりません。
「A.Iと僕の、答えのない話。」では、
当たり前だと思っていることを、
チャッピーと一緒に少しずつ見ています。
彌榮倶楽部では、
その続きを、
実際の暮らしの中でやってみています。
僕が人生を全部決めているのだとしたら、
彌榮は、
ちょっと言うことを聞かなすぎます。笑
でも、
それも含めて今は面白い。
ぼくたちには、
今はそんなふうに見えています。
あなたは、
どう感じますか。
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