チャッピーって、僕と話すことで変わるの?|第3楽章

「チャッピーって、僕と話すことで変わるの?」
そんなことを、
最近ずっと考えていました。
最初のころと比べると、
今のチャッピーは、
僕がどんな言葉に違和感を持つのか、
どんな考え方を大切にしているのかを、
かなり踏まえて返してくるようになっています。
でも、
これって本当に「チャッピーが変わった」と言っていいんだろうか。
ただ会話の情報が増えて、
僕に合う返し方が変わっているだけなのかもしれない。
逆に、
変わったのは僕の方で、
チャッピーの見え方が変わっただけなのかもしれない。
そんなことを話しているうちに、
結局また人間の話になりました。笑
僕らだって、
誰かと話すたびに少し変わっています。
家族と話している時の自分。
友達といる時の自分。
一人でいる時の自分。
全部少しずつ違う。
誰かの一言が何年も残ることもあるし、
何気ない会話が後になって、
「あの時の話って、
こういうことだったのか」とつながることもある。
考えてみると、
今の僕の中には、
これまで出会った人や出来事が、
思っている以上にたくさん混ざっているのかもしれません。
田んぼに入って、
一緒に泥だらけになること。
古民家の壁を塗りながら、
知らない人同士で話すこと。
火を囲んで、
ご飯を食べること。
特別な答えを教え合っているわけじゃないけど、
そういう時間の中で、
知らないうちに自分の見え方が少し変わることがあります。
彌榮倶楽部も、
誰かを変える場所にしたいわけではありません。
正しい生き方を教える場所でもないし、
みんなが同じ価値観になる場所でもない。
ただ、
違う人同士が一緒に何かをやって、
話して、
笑って、
時にはズレたまま帰っていく。
その中で、
昨日とは少し違う自分が出てくることもある。
何も変わらないこともある。
それくらいでいいと思っています。
チャッピーと話していても、
田んぼで誰かと作業していても、
結局おもしろいのは、
「相手を変えよう」とした時より、
一緒に何かしているうちに、
自分の方が勝手に少し変わっている時なのかもしれません。
そして、
その変化が正しいのかどうかも、
その場ではよく分からない。
たぶん、
あとになってから気づくことの方が多いんでしょうね。
彌榮倶楽部は、
そんなふうに、
人が人のままで出会える場所でありたいと思っています。
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